↓この記事を読んだ。
読んでいて、「そんな古いかんじのマネージャー、実際に見たことはないなぁ」とかは感じつつも、
例えば「全体最適を目指す」、「トータルで最善にする」を固定化させずにそれらを見失って、「この担当はこの人」や「マネージャーはプレーヤーではない」といった命題をむしろ固定化させてそれらに振り回されてしまう。そうした本末転倒を起こしてしまう。
とか
自分はマネージャーだしその職務は果たすけれど、それは別にプレーヤーであることを疎外することを意味しない、と適切にコントロールできている人を見ると(ああ、いいなあ)と思うって話だ。
とかについては、うーむなるほど、というかんじ。
以下、この記事とはあまり関係ないはなし。
今の僕は、社内にいくつかあるプロダクトのうちの一つのプロダクトの、開発チームのリーダーという立場を仰せつかっている。
ぼくも結構雑用はしてる方だっていう謎の自負はあるんだけど、雑用=モチベーション下がるもの、として心配されちゃうことがあるんだけど、そういうの、うまくいえないけど、「雑用」という存在に対して少し失礼だなって思ってしまう。w やりがい持ってやってます、雑用!
— いのうえ (@a_know) 2015, 9月 1
上のツイートにもあるとおり、だいたいの人が "雑用" と分類しそうな仕事を、比較的多くやってる方だという謎の自負があるんだけど、それはなぜかっていうと、 "雑用" と言われているものをやるのが楽しくて、積極的にやっているから 、の一言に尽きたりする。だから、「雑用ばっかやってもらって、すみません」とか、「大変ですね、本来の仕事以外の割り込みが多いと」みたいなお声を掛けて頂くたびに、そのお気遣いをありがたく思いつつも、どこかしらもやっとしたものを抱かずにはいられない、そんな、ややこしいわたし。
なんでそれをやるのが楽しいか、っていうと、なんていうかうまく言えないんだけど、 その "雑用" を自分がやることで、パズルのピースがハマるような感じがする から、っていうのが大きい。
"雑用" がなんで生まれるのか、っていうと、これは至極単純だと思っていて、「これは自分のしごと!」と各人が考えている範囲の どれもが及ばない範囲 があるから、かなと。
この範囲外にあるものは、「これは私の仕事じゃない」と明確に認識されているものもあれば、「これって私がやったほうがいいのかな...どうなのかな...」と、一瞬でもためらいを感じてしまうものも含めたもの。単に、その場にいるみんなの手からこぼれただけで、そのチーム・プロダクトにとっては必要な仕事。こういうのをほっとくと、いたずらにコミュニケーションコストが高くなってしまったり、「きっとこれは○○さんがやってくれるはず」...みたいに、お互いで "お見合い" してしまうことで、最終的には仕事が滞ってしまったりする。
こういうものを、基本的にどんどん巻き取っていく。これが キモチイイ 。自惚れたこと言うと、こうすることによって、自分以外の他の人が、"自分の仕事" に集中できる。それによって、僕のいるチームからのアウトプットが早くなったり、良い物になったりする。それはつまり、僕がこういう動きをしたからこそ、実現できたアウトプットだということ。...ね? キモチイイ !
ただ、注意しなきゃなーと思っているのは、 それを自分がやるのが最適かどうか、は、常に疑いながらやんなきゃいけない 、ということ。
モチベーションが下がるのは、雑用をやってるときじゃなくて、「短期的に見ても長期的に見ても、自分がやるべきじゃないよなぁってこと」をやってるとき、やらざるを得ないとき、…かなぁ。
— いのうえ (@a_know) 2015, 9月 1
もはや別の仕組みを考えた方がいいレベルになってしまっているのに、なぁなぁでそのままやってしまうのはよくない。それは、その人に甘えている周りもよくないし、何より、 なぁなぁでやってしまっている側もよくない 。というか、 むしろ後者の方の罪の方が重い 。と思っている。
そういうのを巻き取る人は、 「なぜ、それを自分が巻き取っているのか」「次、巻き取らずに済むようにするにはどういうことができるか、考えられるか」「そのタイミングはいつか」 、...といったようなことを考えることもセットで、初めてその "雑用" を巻き取ることができる。モチベーションを下げながら "雑用" をこなしている場合じゃない。
と、そんな感じの立ち回りがどうしても多くなってしまいがちな "リーダー的立場" なんだけど、同じ社内の別チームのリーダーで、日頃「 リーダー、っていう呼称がしっくり来てないんですよね 」と言っている方がいて。「僕は自分のことを、自分のチームの "代表者" だと思っていて。呼び名としてはダサいけど。だから、他のみんなも『リーダーじゃないから、リーダーシップはなくていい』ではなくて、リーダーシップは全員が持っていていいものだと思うんです」、と。
その話に大きく頷きつつも、僕は "リーダーシップがあるからリーダーになってる" とは、元々思ってなかった......、、というか、"リーダーシップ" ってなんなのかよくわかってないので、正直、「 代表者、は確かにダサいかなぁ 」という感想なんだけど(ごめん)、でも、 "リーダー、という呼称がしっくり来てない" のは、僕も同意で。
じゃあアンタはどんなイメージなのよ、"代表者" よりもダサくないのかよ、というところなんだけど、ダサいかダサくないかは別として、僕はリーダーというのは "そのチームの遊撃手" 的存在なのかな、と思っている。
ゆう‐げき〔イウ‐〕【遊撃】
[名](スル)
1 あらかじめ攻撃する目標を定めず、戦況に応じて敵の攻撃や味方の援護に回ること。
ゆうげき【遊撃】の意味 - 国語辞書 - goo辞書
おお、まさに僕のイメージ通り。どうですかね、"代表者" よりもダサくないですかね? というのは冗談としても、でもこれ、今回こうやってドヤァってかんじで書いてるけど、僕が聞いたことないだけで、世間一般的には使い古された表現なのかもだけど。
この表現がしっくりくるのは、"雑用" を巻き取るばっかりではダメで、 "戦況に応じて敵の攻撃に回る" というのがあるのが大きい。敵、というのはつまり、そのチームの主となる仕事。やっぱりそこも、捨てたくない。w
"雑用" を巻き取ることばかりしていると、だんだんと、"戦況に応じて敵の攻撃に回る" ことができなくなるのでは?という恐れに近いものはあるし、実際にそうだとも思う。最初に引用した記事でいうと、 プレーヤーであることの阻害
となる要因を、自分で作ってしまう、ということだ。
なので僕は、 プレーヤーであることの阻害
になってしまわないような努力(抗いに近いけど...w)、僕らの業界で言うと技術の勉強とかだけど、それはそれで別途やっている。やっているつもり。
職場で目にするものが自分の知らないものだったり、よくわからなかったりしたら、それについては、仕事ではそれが得意の人にお任せすることが多いけど、その週の土日にもくもくしたりとかで埋め合わせをするように、している。さいきん、その埋め合わせに時間が追い付いていないのが、ちょっとした悩みではあるんだけど。。( >﹏<)
とか書いてみると、なんかすごくかっこよく見えすぎな気がしますが、最近は WiiU のバーチャルコンソールで "ファイアーエムブレム" を遊ぶのに軽ハマりしているわたしです。
聖戦の系譜クリアした………、、初プレイ当時は気づかなかったけど、レヴィン、死んでたんだな……。。やっぱ聖戦のストーリー、深いわ。。
— いのうえ (@a_know) 2015, 8月 30
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