えいのうにっき

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掃除機のはなし

同居人と二人で暮らすようになってからは、我が家では基本的に毎日、掃除機が掛けられるようになった。

平日は同居人に任せっきりになってしまっているんだけど、土日はどうか、というと、「どちらが掃除機を掛けるか」とばかりに、掃除機の取り合いになっている。

といっても、別に両人とも掃除機を掛けるのが好きなわけではない。むしろ僕に至っては嫌いなほう。「なにも毎日掃除機を掛けなくても」と思っている。

ではなぜ、ということなんだけれど、「人に掃除機を掛けられる(掛けてもらう)のが苦手」なのだ。人に掛けられるくらいなら自分で掛けたほうがまし。

このことを同居人に打ち明けたとき、「私も!!」となってお互い妙にテンションが上ってしまったことは記憶に新しい。

なんで苦手なんだろう。ちょっと考えてみた。

まず掃除機というものは、大きな音を出す。いや、お金に糸目を付けなければ静かな掃除機というものに出会えるのかもしれないが、少なくとも我が家の掃除機は、それはそれは立派な音を発する。

掃除機単体が発する音だけじゃない。そのヘッドがフローリングの上を走っても音は生まれるし、壁や家具などにヘッドが触れてもやはり音が出る。まるで不機嫌な人がその発散のために、物に当っているかのように。

そして、掃除機を掛けているとき人は、「無」になっていることが多い気がする。深呼吸をしているときは物を考えられないのと似てはいないだろうか。

当人は「無」なので良いも悪いも感じることなく掃除機を掛けているのだけど(僕はそう)、傍から見るとそれはとても嫌々にやっているように見える。自分から他人を見てもそう見えるので、きっと僕もそう見えてるんだろう。

あの作業中の体の角度もいけない。ちょっとうつむき加減になるのが、その様子に拍車を掛けてはいないだろうか。

この2つの要素が相まって、自分ではない誰かに掃除機を掛けられると思わず、「あああ!すみません!!」という気持ちになる。「そんな顔しないでくださいよ、私、やりますよ」となる。そして実際に自分が掃除機を掛けると、自分もそういう風体になってしまっている。ああ、エンドレス。

...と、今日の掃除機争奪戦に勝利し一仕事を終えてこのようなことを思い、この駄文を書いている。今日はこれからお出かけだ。