えいのうにっき

誤字脱字・記述の誤りなどはこちら https://github.com/a-know/blog.a-know.me へお願いします

ふりかえり や KPT などのファシリテーターをやるときに意識していること

前職ではスクラムマスター的な立ち回りをしていたり、今でもたまにファシリテーターを頼まれることがあったりするので、そのときに気をつけてることをちょっとメモしてみる。どちらかというと経験則に近いかんじ。

  • その場にいる、できるだけ多くの人に話をしてもらえるようにする
  • ある事象について、「それを知ってそうな・知らなそうな人」「その場にいた人・いなかった人」に意識をフォーカスして掘り下げる
  • 「なぜ・どうして」や「どのようにして」、そして「どうあるべきか」にフォーカスする
  • (そもそもの話)できるだけ当事者じゃない人がファシリテートするのがよい

なんかもっとある気がするので思い出したら追記します。

その場にいる、できるだけ多くの人に話をしてもらえるようにする

チームの大小あると思うけど、できるだけ多くの人に話をしてもらえるようにする。理想的にはその場にいる全員に一度は発言の機会はあって欲しいし、それができなかったらファシリテーターとしてうまくワークできなかったな、と感じる。少なくとも僕は。

「参加してるみんな、一人一回は発言してね」などとお願い(ましてや強制)するのは "ファシリテート" ではないよねと思ってる。難しいことではあるけど、その場にいる人にまんべんなく発言の機会が与えられるようにその場を回すのがファシリテーターの腕の見せ所だと思う。(そしてもちろん、そうやって頑張ってるファシリテーターに対してチームメンバーには、協力......というか "ノって" あげてほしいなとも思う。)

ある事象について、「それを知ってそうな・知らなそうな人」「その場にいた人・いなかった人」に意識をフォーカスして掘り下げる

例えばふりかえりの場で「xxがうまくできて良かった」みたいな話題があがったときは、

  • そもそもなぜそれに取り組んでいたのか
  • なぜうまくできたのか
  • 最終的にはうまくいったのかもしれないが、それでも途中でつまづいたことはなかったか
  • それがうまくいったことで、何がどう変わるのか

といった掘り下げ方をしている。チームの規模にもよるけど、その取り組みを知らなかった人や、その場にいなかった人にも、「その取り組みを通じて得られたフィードバックのうちのほんの少しでも、チーム内に還元するぞ!」という気持ちで、掘り下げていく。これをやるコツとしては、ファシリテートする自分自身がその事象に対して "興味津々" な状態になること、かな。

「なぜ・どうして」や「どのようにして」、そして「どうあるべきか」にフォーカスする

これも上に挙げた点による動機が大きいのだけど、せっかく挙がってきたひとつひとつの事象からの学びを最大化したいと常に思っていて、例えば「xxという失敗をしてしまった」みたいな話題があがったときには、

  • その失敗の原因は何なのか
  • なぜその原因は生み出されてしまったのか
  • 今後この失敗を繰り返さないためには、どういうことができるか
  • 現実的な施策として取ることのできる対策にはどのようなものがあるか

といった点をヒアリングするようにしている。さらに注意している点としては、もしその失敗の当事者的な存在がいたとしても、その人にばかり聞かない。というかむしろ、その人以外に聞く。KPT や ふりかえり の場というのは、個々人が振り返るための場ではなく、チームとして物事を捉え、(仮に少しずつだとしても)現状をどのように良いものにしていくかを考える場だと思うので。改善を伴わないふりかえりには、やる意味はない(こういう場がないとチーム内のコミュニケーションが〜、という場合には、ふりかえりである必要はない)。

"失敗" という内容が内容だけに、言い出しづらいことも多いと思うけど、「この場はそういう言い出しづらいこと、普段は言えない思いや考えを表に出す機会である」ということの周知と、その場で起きたことをいかに引きづらない・後腐れないものにできるかどうか、というチームビルディング的な側面も問われるなーとは思う。

(そもそもの話)できるだけ当事者じゃない人がファシリテートするのがよい

ファシリテーターみたいな役割は、どうしても、そのチームのリーダー的な人がやるかんじの空気になることが多い。けど、そもそもの話として、こういう役割はできるだけ当事者じゃない人がやるのがいい。「まぁあれはしょうがないよね......」という空気を察したら、そここそが突撃するポイント。

先入観や思い込み、経緯などから発生している問題に対峙するとき、「様々な事情、成り立ちを知らない」ということはとても大きな武器になる。「そういえばなんでそうなってるんだったっけ」と参加者に思わせることができれば、それは良いファシリテートができている証だと思う。

難しいのは、"無知であればいい" というわけではないところかなと思う。例えばシステム開発におけるふりかえりを実施しているときに、開発に用いている技術そのもの(またはその勘所のようなもの)について知らない人が良いファシリテートができるかというと、それはそれで難しいと思う。だからファシリテートは難しい。。



follow us in feedly