えいのうにっき

むかしのじぶんのために書いています

転職(退職&就職)しました!


こんにちは、a-knowです。
前職関係者の方々には当然のことながら、岡山のエンジニアクラスタの一部の方にも既にお伝えしていることなのですが、
この度、転職(退職&就職)をいたしました
「製造系企業の子会社SIerで働くシステムエンジニア」から、「サイバーエージェント系グループ子会社で働くサーバーサイドエンジニア」への転職です。
前職では、当初はCOBOLを使っての開発を行なっていましたが、今の職場ではGoogle App EngineJava)を使って開発を行なっています。






転職を思い立ったときのぼくは、今以上に、知識も技術もなんにもなくて、
あったのはただ、「このままじゃいけない!」という、漠然とした危機感だけで。


その危機感を、「自分の思うような未来に、ぼくはきっと進むことができる」という、これまた漠然とした楽天的なものに置き換えながら、
その時その時のぼくに出来る事をひとつずつ積み重ね、立ちはだかる壁をひとつずつ崩し、
分かれ道に差し掛かるたびに正しそうな方向を選んできた、その結果の一つが出たものだと思っています。


単なる記録としてだけでなく、ぼくと同じようなことをお考えの方に、ほんの少しでも参考にして頂けるところがあれば・・・、という思いも込めて、
今回のこの経験をブログエントリという形で残しておきたいと思います。


初動

初めて「転職」、「今の会社を辞めて違う会社で働くこと」を意識し始めたのは、前職入社3年目・2008年ごろでした。
(なので、そういう意味では足掛け4年の転職活動だった、ということが言えますね。笑)


その頃ぼく自身、それまでは殆ど意識することがなかった「Webの可能性」みたいなものに、
急速に強く、本当に強く魅せられ始めていました。
特にソーシャル的な、Web2.0的なものに対して非常にショックを受けた記憶があります。
それまではどちらかというと、「Webで出来ること」というのを過小評価していたきらいもあったので、尚の事。


その一方で、今の自分の仕事・今後想定される仕事と、その「今まさに大きくなり続けている、Webの可能性」とのギャップに、ただただ危機感が募る一方
という感じの日々でした。


その時の自分の仕事というのが、COBOLを主要言語としたレガシーなシステムを、お客様の望む通りに作る・手当する、という、
ある意味「ものづくりの”答え”を聞いて行うものづくり」な業務でした。


そしてそれは、Webというものの可能性が一気に広がって、そこから何が生まれ出てくるのか誰にもわからない、そんな世界とは似ても似つかない閉じた世界。


「やばい、このままじゃ、自分がやりたい仕事、使いたい技術を使った仕事が、ぼくから遠く離れて行ってしまう!」、というような、漠然とした危機感。(離れていくも何も、最初っから離れた位置にいた、って感じですが)


このときの気持ちは、漠然とした表現ではありますが、このブログの過去のエントリにも書いてたりしました(忘れてたけどw)。
「今後のWebのあり方と、そこに自分がどう働きかけていけるのか・いきたいのか」
その答えを、この頃はずっと考えていたように思います(「コントロール幻想 - えいのうにっき」)。


それぐらいのときに、「はてなブックマーク」を使い始めたり、近藤さんや梅田さんの著書を読むうちに、
「Webの可能性」を体現化したものの代表として、ぼくは「はてな」が大好きになりました
(「ぼくがはてなを好きな理由 - えいのうにっき」。特に、はてなの“何が生まれ出てくるのかがわからない”部分」に強く惹かれていました)。


もうほんとに好きすぎて、「ぼくもはてなの一員になりたい!」と思うようにまでになるほど。
いや、思うだけじゃないですね。転職を意識し始めてから約1年後の2009年末に、
実際にこんなエントリ(「はてな」の中途採用に応募した。 - えいのうにっき)を書いてしまってます。
それほどまでに、その気持ちは大きくなってしまっていました。
・・・すみません。昔からこうなんです。


今見返してみると、ほんと、「気持ちだけで、中身が伴っていなかったなぁ」「そもそも、アプローチの仕方がズレてたよなぁ」と感じます。
いやもちろん、今も中身はスッカスカなんですが。



具体的な転職活動のはじまり

上記の「はてな」への中途採用応募をスタートに、3年間という長期スパンで結果的に約10社、応募をしました。
転職活動としては、異様に期間が長く、また応募社数が少ないと思います。


この理由には、賛否両論あるかもしれませんが、


はてな」のときには、そこが好きで好きで仕方なくって、その末に応募したのだから、
他の企業へ応募するときも、はてなと同等かそれ以上の気持ちをもった上での応募じゃないと、自分的になんかちがう。


と思ったからです。


気になる企業があったら、ブログを見、社長が本を出していればその本を読み。職務経歴書や志望動機書なんかも、
「その企業だけ」のものを毎回、とんでもなく時間を掛けてブラッシュアップして、応募・面接に臨んでいました。


もちろんこれは人によると思いますが、自分としては、この行動指針は間違ってなかったと思います。
(時折コンタクトを取った転職エージェントさんには、そんなことをするよりも弾数を打った方がいい、というようなリアクションをされたこともありましたが。。)


というのも、一番大事なのは、「自分自身、心の底から納得し、その企業に行きたいと思っているか」という、
いざ相対するとどうしても滲み出てくる部分じゃないか、と思ったからなんですよね。
もちろん、このアプローチの仕方は恋愛にも似て、選考に落ちる度にどうしようもなく凹んでしまうので、その覚悟は必要になりますが・・・w



活動していくことで見えた課題

そのようにして始まった、転職活動。
はてなと、その次の企業は書類選考で落ちてしまったものの、
その後は、少なくとも面接の場は設けて頂けたり、最終面接にまで進めたりすることもあったりしました。


ただその一方で、あと一歩・内定にまでがなかなか結び付かない。
でもそれも、回数をこなすうちに、そこを達成するための課題のようなものも、見え始めてきました。
やっぱりなんでも、実際にやってみないとわからない・見えてこないものですね。


職務経歴的なアピール点の不足

2009年時点では、職務経歴でアピールできるようなところは「入社2年目にして実装リーダーを担当した」ということぐらい。
これではいささかパンチに欠けると考え、「転職活動において、より良いアピールができるようになる」為にも、
現職(つまり前職ですね)での仕事を今まで以上に頑張ろう!と、取り組みを新たにしました。


その結果、前職の最終年・2011年の担当案件ではプロジェクトリーダーを担当させて頂くことができ、
なおかつそのプロジェクトを無事完遂させることができました。
非常に良い経験となったし、何よりも、お世話になった会社に少しは恩返しができたかなと思えました。
同時に、少しは職務経歴に「箔」がついたかな、という感じです。


年齢

2009年時点では27だった年齢も、内定を頂いた2012年には30になってしまいました(当たり前)。
技術や経験は自分の頑張り次第で身に付けることはできますが、年齢のインクリメントだけはどうにもなりません。


ぼくは、例え自分が何歳になろうとも新しい技術は積極的に触っていきたいし、
触ればいくらでも身に付けられる自信はあったのですが、
いざ選考となると、「自分が自分の年齢をどのように捉えているか」は関係ないんですねー。。(こちらも必死にアピールしますけどねー。。)


30歳という年齢は、流れの早いWeb業界においてはネックに取られることも少なくなかったように思います。
なので、「もっと早く行動しておけば良かった、という思いがよぎったことは全くなかったか?」というと、
そんなことはなかった・・・ということにだけは、言及しておきます笑。


BtoBからBtoCへの転身の難しさ

BtoBな仕事にずっと従事していたぼくでしたが、ぼくが希望していたWeb系の企業は、その殆どがBtoCな企業でした。
この点、


「BtoBな人でも全く問題がない、BtoCへの転身!」


とか、


「今こそ求められる、BtoBな人の開発力!」


みたいなWeb上の記事を時折見かけていたこともあって、「へ〜、そうなんだ」と、それほど心配してはいなかったのですが、
実際には、この「BtoCが未経験である」ということもネックに見られることがありました。
「やばい、楽観視しすぎた!」と思いましたねー。「記事を書いたやつ、出てこい!」とも。w


・・・でも、こればっかりはもう、BtoBな企業に入っちゃってるんだからしょうがないわけで!
後述もしますが、そこんところの挑戦意欲を示す意味でも、
BtoCな(一般の人に向けた)Webアプリケーションを作ったりして、それを自己PR欄に書いたりしましたねー。
(でも意外と、自作アプリとかブログとかTwitterとか、アピールしてもなかなか見てはくれないですねw
まぁ、「それを見てもらえること」が目的化してしまってもダメなんでしょうけど。。)


そして、最も大きな課題が3点。

それが、

  1. 相手の求める技術レベルに対する不足
  2. 自分の”これ!”といえる武器は何か?
  3. 内定が出たとしたら、いつから働けるのか?


の3つ。
特に3点目は、「あるプロジェクトの終わりが見える頃には、次に担当する予定のプロジェクトが決まっている」という
前職の特性(まぁどこでも同じですかね。。)と、
「一度参画したプロジェクトは、途中抜けはしたくない」という自分の性格もあって、
「内定となったら、できるだけ早くジョインして欲しい」という相手方との折り合いの付け所がなかなか難しい問題でした。


これらの課題に対して自分の出した結論が、

  • 次の仕事は決まっていないが、今のプロジェクトが終わったタイミングで会社を辞める
  • 会社を辞めて数ヶ月は、身に付けたい技術、身に付けるべきと思われるべき技術の勉強に没頭・専念する


ことでした。



前職を退職。武者修行期間に

上記のようなことを考え始めてから数ヶ月(さすがにホイホイと決断はできませんでした)、
プロジェクトの完遂が予定されていた2011年末での退職をさせて頂きたい旨、当時のマネージャに申し出ました。


その時既にプロジェクトリーダーを担当することは決まっていたものの、こうした申し出の後も、こんなぼくをそのままリーダーとして使い続けてくれたこと、本当にありがたかったです。
ぼくも、


「これがこの会社での最後の仕事。今までで一番の仕事にしよう」


と心に決めて仕事に取り組み、結果、納期・品質共に出来過ぎなほどの、納得のいく結果が出せたと自負しています。


そのようにして2011年の終わりと共に前職を退職、2012年の始まりと共に、武者修行期間に突入することとなりました。
7月に仕事が決まるまでの、ちょうど半年間(2012年1月〜6月)のこの武者修行期間にやったことは、主に以下の様な事柄。


こうして改めて見てみると、結構いろいろと節操無く手を出してたんですね。
ただ、心境的には


「なんでもできるようになるのは難しいけど、なんでもやらないと(ぼくなんかは)話にならない」


という気持ちでした。最終的にどういう会社に仕事が決まるかもわからないわけですしね。


これらの活動により、

  • 一定のスピード感を持ったサービス作りに挑戦できた
  • jQuery, jQuery Mobileなどの基礎固めができた
  • アルゴリズムデザインパターンといった、今まできちっと勉強できていなかった点を補うことができた
  • 「気にはなっていたけど、時間を作れず触れていなかった技術」にも触ることができた
  • 写経をしたことにより蓄積ができ、いざというとき、すぐにコードレベルでの参照ができるようになった
  • 色々なコミュニティに参加することで、色々な方々からお話を伺うことができた


といったことができました。
こうしたこと、在職しながら余暇の時間を活用して同様のことはできなかったのか?と問われると
できなくはないだろうな、とも思いますが、やはり、
こうしたことを毎日、常に考えていられる環境を作れた、ということは、非常に大きく、
またそうした環境で技術に専念できたこと自体、様々なことに向き合うことにも繋がり、
結果として、非常に良い経験ができたと思っています。


あとは、両親を温泉に連れて行ったり、あちこち出かけてみたり、映画たくさん観たり、ワンピース読破したり。
・・・ということも、無職期間の特権ということで楽しんだりもしてましたw。


(余談ですが、冒頭の写真に写っている「天職守」、これは三重県の頭之宮四方神社という神社で頂いたものです。
はるばる行っただけのご利益はあったように思っています♪お礼参りにも行かないと!)


まぁつまるところ、それなりに無職を楽しみながらの武者修行だったので、もっともっと色んな事を詰め込めたよなぁ、という印象。


で、そういった修行を行う傍ら、常時求人情報などはチェックし、
気になるものがあれば、企業について自分の納得のいくところまで調べた上で、応募。ということを繰り返していました。
日が経つにつれ、一社一社じっくりと検討すること自体にも焦りが出始めてきたりもしましたが、
そこをひっくり返しちゃうと絶対ダメだ、という気持ちだけはあったので。。



そして、次の居場所が決まる。

ただ、何社か受けて&落ちていくことで感じたのは、


「30歳という大台に乗っちゃうと、相手が求めるスキルセットの殆どに合致していなければ、採用という判断を下すまでにはなかなか至ってもらえないんだなー」


ということ。
20代のときには聞かれなかったような質問や、「求められるもの」のハードルの高さ・種類の多さ・・・という類のものを、感じました。


当初は、ぼくのメイン言語であるJavaをスキルの軸にしてアピールしていたんですが、それではどうも手応えがイマイチで。

で、前職で触っていたわけではないけれども、個人的にも好きでそこそこ使い込んでいた「Google App Engine」にフォーカスしなおして
(自分の武器を「Java」から「Google App Engine」にフォーカスしなおした)、
再度、求人情報を探してみたところ、それから間もなく、今回の内定を頂けた・・・という次第です。


これには、GAE技術者の絶対数がそもそも少ない、という背景も多分にあるのかもですが。
(そういう意味では、自分としてはそういうつもりはあまりなかったのですが、こういう「技術に対する嗅覚」的なものも
大事なのかもしれません。)


ちなみに、今回受かった会社の求人情報に掲示されていた「必須スキル」「歓迎スキル」と、それぞれのぼくとの合致度合いは、
前者は100%、後者でも8〜9割ほどマッチ、という具合でした。
ある意味、「ここに入れなきゃどこに入れるっていうんだ、ぼくは?!」という状態ですね。w

でも、逆に言えば、それぐらいマッチしていないと、即戦力として認めて頂くのは本当に難しい、ということなのかもしれません。
(あとは、嬉しいことに、技術的な面以上に人間的な側面も評価して頂けたらしいです・・・、、が、
そこは自分ではよくわからないので置いておきます。)
(あ、それと、内定を頂いたところへの応募は、エージェントを介さず、企業HPを通じて直接応募の形をとらせて頂きました。この点について、非常に喜んで頂けました。なので、オススメです☆)



新天地で感じていること。

早くも、ここで働き始めてはや1ヶ月と半分が経とうとしていますが、
やはり「業務として触るGoogle App Engine」、そののノウハウはものすごく新鮮かつ強烈で、
毎日、学びの日々が続いています。非常に刺激的です。すごく楽しいです!


「実力的に自分が一番下の環境にこの身を置いている」、という今の状況も、すごく幸せなことであると感じています。
自分で言うのもなんですが、毎日スポンジのように吸収していけている感じがあります。


もちろん「自分が実力的に一番下=一番パフォーマンスを出すのに時間がかかる」というこの状況のプレッシャーは、半端ないです。
ましてや、何よりも成果・結果、そしてスピード感が求められる風土なので。。

入社後1,2週間は、どんどんと成果を出している周りと自分とを比較して、もうやるせないやら情けないやらで、
「もういっそのことクビにしてくれ!して下さい!」と、心の中で叫んだこともしばしば。


とはいえやはり、思うのが、
退職後の武者修行期間がなかったら、今の自分(今のこの場で、実力的に一番下ながらも、なんとか付いて行けている状況)はなかったなぁ。ということ。
修行期間で得た知識・蓄積したコード(コードはすべてDropboxに置いてあるので、いつでもどこでもすぐに参照できる)に、何度助けられたことか。


そう考えると、あの「間違ったことはやってないという思いはあるけど、先が見えない漠然とした不安」な感じは、
すごく怖かったけど、自分のやってきたことは間違ってなかったんだ、と、今ではそういうふうに思います。
そして、少し自分で自分を褒めてやりたいような気持ちにも。


まぁ、怖かった、といいつつも、


「怖がってばっかりじゃ何もできない」
「何も、仕事が決まらないからって命を取られるわけじゃない」


てな感じで、変に楽天的に構えてた部分はありますね〜。
(で、よく考えたら、仕事が決まらなくても命は取られないけど食べていけなくて死んじゃいますよね)


あまり関係ないですが、一度無職となり、会社という組織の庇護の下から離れること自体も、すごく勉強になりましたね。
税金・年金の支払いを自分でやったりとか、ハローワークに行ったりとか。その点も、気が向けば書いてみようかな?



最近話題になったソーシャル転職について。

少し前から「ソーシャル転職」という言葉が流れ始めて、つい最近も少し盛り上がった、この転職方法について。
もちろん、ソーシャルな手段で転職が決まるというのは、想像しただけでもカッコいいし、とても嬉しいだろうなーと思うけど、
つまるところ、「ソーシャル転職がしたい」わけじゃなくて「自己実現ができる仕事がしたい、そのために転職したい」はずなわけで。


それに加えて、「その自己実現の達成が、自分だけでなく相手にもメリットがあることを理解・納得してもらうこと」、
それを伝える手段の一つとして「ソーシャル」があるに過ぎないと思うのです。


ぼくも、「ぼく」に対する一つの窓口として「ソーシャルな窓口」を用意はしておきましたが、
こっちで引っかかってくれればラッキー、ぐらいにしか捉えてはいなかったですね。(実際、殆ど引っかからなかったなぁw)



怖くて一歩が踏み出せない人、「自分なんか・・・」と思ってしまっている人。

そういう方は一定数、いらっしゃると思うのですが、
まずは、ご自分のなかにそういう気持ちが少しでもあるということ、そのこと自体をもっと尊重して欲しいなーと思います。
その小さな気持ちを、いろんな理由を付けて潰してしまうのではなく。。


小さいことからでもいいから行動しましょう。そして、それを積み重ねましょう。
そうすることで、その小さな気持ちを少しづつ育てていきましょう。そういう気持ちを育てること自体を、怖がってはいけません。
「やりたい」という気持ちがある程度育ってきたら、きっと、自分のできる範囲で行動に移せるはず!


あとは、自分を信じること。
今、どうにも自分を信じられないならまずは、
自分を信じられるようになるためにはどうするか?を考えることだと思います。


それまでの経験から、ぼくっていう人間は


困難とか苦境に対してはメチャクチャ怖がりだけど、
いざそれに対峙すると、それから逃げずに最後までもがき・あがき続けて、
最終的にはなんとかしちゃう


、そんな人間なんだと、その点だけについては自分のことを信じていました。


自分を過大評価するのはよくないけど、
自分を見損なってもいけない。


適切なときに、適切な場所に自分を放り込んでやりさえすれば、
あとはこの「自分」が、しっかり頑張ってくれる。それが「自分」ならできる、
やってくれる、と、「自分」のことを自分だけは信じてやらないと、と。


てなわけで、大丈夫です。これを見て頂いているあなたでも。
ぼくのようなやつでも出来たんですから!



関連しそうな(自分の)ブログエントリ

を、まとめてみました。(ここまでで引用したもの以外。)
その都度迷い、考え、書きなぐっていたことも、今の意識の根っこになってるんじゃないかということを考えると、
無駄ではなかったのかなぁとも思ったり。

  • 僕が「仕事」にしたいこと。
    • 僕が「仕事」にしたいことを縁取る、漠然としたイメージ。いま、このエントリを振り返ることの意味は大きいきがする。
  • 「ほぼ日刊イトイ新聞の本」を読んだ。
    • 「できるまでやめなければ、できる」。その他、いまのぼくを構成する要素のうちの大きなひとつ。
  • 人生を「うずめる」ところ。
    • 何もいきなり、「人生ぜんぶ」をうずめるところを決める必要は、きっとなくて。でも、少なくともぼくの今の居場所は、「人生の一部」をうずめるに十分値する場所だと感じています。
  • ほぼ日の、「就職論」。
    • “社会の約束事と、自分がそれまで大事にしてきたこと。そのふたつは殆どつながらないものだけど、つなげようとすることをあきらめたら、きっとその人じゃなくなっちゃうんだろう。”
  • 就職活動=自分が働く会社を見定める、ということは。
    • 前職で新卒採用の担当になったときのこと。このときの経験は良くも悪くも、ぼくにとって大きな影響がありました。

退職挨拶メールの共有

蛇足ですが、これもまた一時期話題になった退職挨拶メールの共有というのを、ぼくもしておこうと思います。
ぼくのは、上司向けではなく、どちらかというと仲間に向けたものになります。


こんなことをするのは、その発案者であるちきりんさんのおっしゃっていることに非常に共感をしたこともさることながら、
ぼく自身も、多くの方の退職&転職エントリに、非常に大きな力をもらったから。ということがあります。


非常にお世話になりました皆様各位


お疲れ様です!(所属・名前)です。
お世話になります。


既にご存知の方もおられますが,
わたくし,この度,12月末を以って退職させて頂く運びとなりました。
今日が最終出社日となります。


中学生の時分からコンピュータというものを触りだし,いつからともなく
「“こういうのがあればいいな”と思ったものを,プログラミングを通じて,
  自分で実現できるようになりたい」と
思うようになっていました。
この(会社名)に入社する際にも,そういった思いから,
「(会社名)のエンジニアとしてはもちろんのこと,
  この業界における1エンジニアとしても通用するような人材になりたい」と
いうようなことを,第一の抱負としてあげていました。


もちろん,まだまだ“(会社名)のエンジニアとして”
一人前になれたという実感は全然ないのですが,


このまま“(会社名)のエンジニアとして”働き続けても,
「自分が思う、“こういうのがあればいいな”と思ったものを、自分で実現できるように」
なるのは難しいんじゃないか?


というふうに,ここ数年間,考えるようになってました。
それだけ,自分を取り巻く情報技術が変遷してきたということだと思います。



今後のプランとしては,来年2月までの間に,
とあるWebアプリケーションを全力で作り上げることを目標にしています。
そして,それを名刺代わりに,今年度中に再就職先を決められれば,と
考えています。(Webサービス系を狙っています。)
そのアプリケーションの出来如何で就職先が決まるとさえも,思っています。



さらっと書きましたが,きっとこの先,
一言では言い表せられないほどの困難や苦境が待ち構えていて,
日に日に減っていく預金残高・刻一刻と迫る三十路へのカウントダウン・
事あるごとに感じる体力の衰え・・・
といった様々な“敵”と戦っていかなければならないんだろうなと
覚悟はしています。
が,そこは,持ち前の楽天ぶりを発揮して,それさえも楽しんで
やっていきたいな・いけるかなと,鷹揚に構えています。



最後になりましたが,
一番最初に入社し働くことの出来た会社がこの(会社名)で,
本当に良かったです。
皆様の今後の益々のご発展とご健康を,心よりお祈り申し上げます。


うーん。久々に読み返しましたが、なんだか泣けてきました。。



あと、「数多の戦場をくぐり抜けた後、今手元にある状態の職務経歴書と志望動機書」も、晒したら面白そうだなぁと思ってはいるんですが・・・。




というわけで、

今は、それまで生活していた岡山を離れ、渋谷で働いています。


こっちに来て楽しみなことの一つに、appengine ja nightを始めとした、
「今までは指を加えて見ているしかなかった」ような勉強会に、気軽に参加できる環境になったこと、があります。
7月は引越し等々でドタバタでしたが、ようやく身の回りも落ち着いて来ましたので、
これから徐々に、そうしたいろんなところに参加してみたいなーと思っている次第です。
面白いこと、大好きなので!


いろいろ書きましたが、むしろ今、これからが本番!
ぼくはぼくがなりたいぼくになるために。
「“こういうのがあればいいな”と思ったものを、自分の手で実現できるだけの技術を持った人間になる」ために。


これからもがんばります!!