えいのうにっき

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ぼくが仕事で大事にしていること。

会社の上司との何気ない会話・やり取りのなかで、すごくハッとさせられたことがあったので、ここでも書いておこうと思います。



社内向け報告会の聴講を受けて。

弊社では、社内向けの業務報告会が不定期的に開催されるのですが、その感想として、


「xxさんのxxという取り組み、あれはイイですねぇ。大事なのは、こういうのを報告会の場でだけ提起していくんじゃなく、日常的にそのことを意識して業務に臨むことなんでしょうね」


・・・というようなことを上司に伝えたところ。
うん、ああいった報告の聞き手として、それをどう受け止めるか、それによっては意味のないものになるよね。・・・という言葉のあとに、その上司から以下のような言葉を投げかけてもらいまして。


「ただ、たまにはわざと、“ひねくれた”考えをすることも必要だと思うよ。別にa-know君が、というわけじゃないけど、他の人の話を聞いて、“すばらしい!私は間違ってたかも・・・見習いたい!”と、自己を全否定するような感想を言う人がたまにいるよね。でも、例えばa-know君にしても30年(※正確には29年w)生きてきてるわけでしょ?その30年を全否定する必要はないんだよね。今までが正しかったからこそ、今があるんだっていう自信を持って、たまには、他人の話を“ひねくれて”聞いてみるのも大事だと思う」



ぼくの悪い?癖で、結構すぐに「すばらしい!私は間違ってたかも・・・見習いたい!」と思ってしまうところがあります(感化されやすい、とも言う?)。それでも、今までは(入社年次がまだまだ低かった(今もまだ6年目ですが)、ということもあって?)その大半が上手くまわっていたように思うんですが、今後はもっと・だんだんと、柔軟に対処していけるように意識していく必要があるのかもなぁ、と、そういったことにハッとさせられたというワケです。


ぼくが仕事で大事にしていること。

というわけで、ぼくが(主に)仕事で大事にしてること・・・「この部分は今の自分のやり方に自信を持って守っていくべき」かなということを一度、整理しておくといいかもなぁと思ったこともあって、それを書き出してみます。
プログラミング・システム開発的な領域でこういったことを語りたい・語れるべきなんだと思うんですが、・・・すみません(涙)。幼少期から現在に至るまでの、様々な“組織”における一人として動いてきた中で、自然と固まってきた「気をつけていること」って何だろう? そういう視点で、書き連ねてみます。

  1. 他者からの意見。どんなに納得できない(ように思える)ものでも、反射的に反応するのではなく、まずは一回、がっちり受け止め、咀嚼する。
  2. 仕事場で発する言葉は、どこの誰が聞いても誤解されて受け取られないような言葉を選ぶ。
  3. 自分のキャパシティを少し超えているように思える仕事は、迷わずやる。
  4. 優先順位の一番高いタスクは、「やればすぐに終わるタスク」。
  5. 言葉は悪いけど、「恩を売る」つもりで人に接する。
  6. 目の前にしている相手は、それを実現できる能力を持っていると信じること。
  7. 否定的にならない。肯定的になること。
  8. 相手に対して純粋な好奇心を持って接すること。
  9. 正論も、振り回すと武器になる。
  10. オーバーリアクションくらいで丁度良い。
1.他者からの意見。どんなに納得できない(ように思える)ものでも、反射的に反応するのではなく、まずは一回、がっちり受け止め、咀嚼する。

もちろん、その意思決定にスピード感が必要なものに関してはこれに限らないと思いますが。
自分ではない・別の人間の視点からの意見って、ただそれだけで物凄く貴重なもんだ、っていう意識が、ぼくの根底にあります。なので、「そうした意見を受け取ったその瞬間に感じた・思ったことを根拠に、果たしてそれを反射的に打ち返してしまっていいのか?」という思いがあります。それは、その意見自体の価値判断(意味のある意見かどうか?の見極めをじっくりできる)としてもそうですし、“意見を受けたときにどのような反応を示す人間であるのか”を示すことができる機会、という意味でもだと考えています。「なるほど。ちょっと、考えて見ますね」と、一度そのボールを受け止めてから、そのあとじっくりと、それがどんなボールで、どう投げ返すのかといったことを考える。実際、このようにすることで物事が好転した(その意見を取り入れることにしたことで一定の効果があがったとか、その後も継続的に意見を言ってもらいやすくなったとか)、ということは何度もあります。
裏を返せば、“自分としても、意見した相手にはそれに近いことをして欲しいなと思ってる”、ということなんですけどね。気軽に意見したくなる・意見してあげてもいいなと思ってもらえるような対象であり続けたいなと思っています。


2.仕事場で発する言葉は、どこの誰が聞いても誤解されて受け取られないような言葉を選ぶ。

言葉だけというわけではなく、言動全てについて、瞬間瞬間、「今の(これからやろうとしている)言動で、自分がどのように見られるだろうか」という客観的な意識を常に持つ。ということです。・・・こう書いちゃうと、他人の目を気にしまくってるだけみたいですがw
こういうふうに思うようになったのは、身近に反面教師的な人(仮にAさんとします)がいるから、なんですが・・・。
それ、面倒臭いんでまだやってないですね。あとでやっときます」と言うんじゃなくて、「それは完了までに少し時間が掛かりそうなので、タスクの優先度を下げています」と言う。「あ、その作業、適当にやっときましたんで」と言うんじゃなくて、「その作業なら、前例を探したらありましたので、それを参考にしてやっておきました」と言う。・・・それぞれ意味が変わってるようにも見えますが、ウソを言うようにする、というわけじゃ決してないです。細かに表現・説明をすることを面倒がって、端折って伝えてしまった結果、それを誤解されて受け取られるよりは、そこを怠らず、できるだけ正確に事象を受け取ってもらえるように努力したい。・・・ということです。Aさんは、実際の仕事ぶりは決して悪くないにも関わらず、常に苦笑いと共に・疑念の目で見られるようになってしまっています(そういうキャラなのかもしれませんが・・・)。


3.自分のキャパシティを少し超えているように思える仕事は、迷わずやる。

最近は、そうした機会には恵まれていないのですが。。
ぼくは入社2年目のころ、当時未経験だったJava開発の実装チームのリーダーを、(なぜか)任されました。そのときには上のようなことを考えて引き受けた・・・わけではなくて、「実装リーダー?カッケーじゃん」ぐらいの感覚だったのですが(恐ろしいっ)、実際にリーダーになってからは物凄く大変で、ただ必死に・ひたすらに日々四苦八苦してたわけなんですが・・・。ただ、そのときの経験がなかったらと今の自分もなかったなぁと、心底思うわけです。
「部長(だったかな?)島耕作」の中で、「部長(だったかな?)という肩書きが、私を部長たらしめてくれました」的な発言があったように記憶しています(もしかしたら島耕作じゃなかったかもしれません・・・いつだったか、どこだったかで、似たような言葉に出会ったことがあるのです)。自分の場合も(スケールは小さいですが)まさにこれで、今の自分を少し上回ることに取り組まないと、“自分のできることの大きさ”はいつまで経っても変わらないんだなぁ、と、このときの経験をきっかけに、考えるようになりました。
そのような役割を割り当ててくれた当時の上司にも、感謝しきりです。


4.優先順位の一番高いタスクは、「やればすぐに終わるタスク」。

やればすぐに終わるタスクですら、“チリも積もれば山となる”、積み重なるとオーバーフローしてしまいます。やればすぐに終わるタスクは生まれたそばから潰し込むようにすることで、アタマがスッキリした状態を保てます。常にアタマのどこかで「あれ、やんなきゃなあ・・・」と気に掛けながら、“真の最優先タスク”に取り組むよりは、こっちの方がぼくはいいです。
加えて言うなら、そういった仕事を頼んでくれた人も、その方が気持ちがいいと思うんです。頼む側だって、「こんなの、ちゃちゃっと出来るよね」ってことぐらいはわかってて頼んでるはずなんです。あとは、その期待に反するか、報いるか。そう考えるとこれ、自明じゃないですか?


5.言葉は悪いけど、「恩を売る」つもりで人に接する。

ただしその恩、無利子・返済期限無期限の、です。いざというとき・・・自分がピンチになったときに、それは返ってくるもんだと思ってます。おそらく、ですけど、人ってそういったこと、一つ一つをはっきりくっきり覚えてはいなくても、“正か負か”の潜在意識としては残るように思うんです。そういうことなら、相手の人が困っている今、救いの手を差し伸べることで、少しでも“正の”潜在意識を残したいな、と。
ただ、これを余りに意識しすぎると、今度は自分の中のその人に対する潜在意識が“負”に傾いちゃいそうなので。あくまで「無利子・返済期限無期限」の恩、「恩をあげる」、ぐらいのつもりで。お金みたいですが。


6.目の前にしている相手は、それを実現できる能力を持っていると信じること。

これについては、他の事柄のようには上手く言えないんですが・・・。なんか、そう思うんです。そう思うようにしてます。


7.否定的にならない。肯定的になること。

これも、1点目に挙げたことと似てますね、そうすることの意味としては。やっぱり、口を開けば否定的なことばかり言う人には、人間誰しも、どうしてもネガティブな感情を抱いてしまいがちだと思うので。
ブレストの精神でもあるんですかね。ブレスト、やったことないですけど。楽しそうだからやってみたいんですけど。


8.相手に対して純粋な好奇心を持って接すること。

言い方を変えると、「その人のことを好きになること」なのかなぁとか思ったり。今目の前で発言している人にも、その人なりの立場があって、考えがあって。そういった諸々含めたバックグラウンドがあって、こういう発言をしている。そう考えるとまた、意見が違って聞こえる場合があるように思います。そうすると、“その意見に対しての意見”も、意味のある意見というか、無駄の省いた意見に変わってくるんじゃないでしょうか。相手のバックグラウンドを考慮した上での意見をすることによって、無駄な言い争いをしなくても良くなった、ということがあると思います(でも通すとこは通さないといけないから、仕事ってむずかしいんですよね)。


9.正論も、振り回すと武器になる。

「これはこうあるのが正しいんだ、今ある現状は間違っているんだ、だからこうするべきなんだ」。そうした“正論”でさえ、それを振りかざし・振り回されると人はおののきます。例え本人にそういうつもりはなくても、結果的に相手を理詰めで追い詰める形になり、最悪、その人の面目が丸つぶれになってしまうこともあると思います。
たまにそれを、ある特定の人に対してのアピールとしてやる人がいます。仮にそれがアピールとして成功したとしても、その場に居合わせた他の人はどうでしょうか。その「ある特定の人」とも、「そうでない人」とも、全員一丸となってやっていくのが“会社で取り組む仕事”です。その全員で気持ちよく仕事を続けていくには、例えそれが正論であっても、唱え方をよく考えるべきだと思います。


10.オーバーリアクションくらいで丁度良い。

例えばプレゼンの聞き手として。例えば会議の一員として。話し手の言葉に対するその反応を表に出してもいい場面では(当然、その場面を見極めるのも注意を払う必要がありますが)、恥ずかしがらずに表現する。それがどんなに、他者を助けることか。実際ぼくも、そういった人が出席してくれているプレゼン・会議で話し手を務めるときは、非常に“やりやすい”です。
そういった場でクールに振舞う人がいても、ぼくはその人のことをカッコいいとは思いません。“打てば響く”人間でありたいなと思っています。



思いのほか、結構あったけど。

たぶん、きっと、全てを常には、守れていないですw


書き出してみといてなんですが、・・・やっぱりまだまだ、ぼくは学ぶべきことばかりのようですなぁ。もっとレベルの高いことで、“譲れないもの”。持てるようにならないとー。