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えいのうにっき

あたまのなかのデトックスを、不定期的に。主に Web 系技術ネタ。

「道具」を見て、作るものを決める「ものづくり」が、もっとあってもいいと思う。

雑記 メモワール(ポエム)

こんにちは。a-knowです。今日はちょっと、僕の大学時代のことを振り返って色々と考えてみたいと思います。


実は、と、わざわざ前置きすることのほどでもないんですが、僕は大学院(修士課程)まで行っています。
情報分野を専門的に勉強したい、という理由で、「情報」と名の付く学部を擁する大学に入学したものの、それまで僕が思い描いていたようなことが講義で扱われ始めるようになったのはというと、3回生になってから、でした。それでも、「やっとこれから!」と僕は息巻いていたのですが・・・、、そんなときに、同時に僕の目の前に突き付けられた、「就職活動」という現実。
そんなとき、当時の僕が取った選択肢は、「大学院進学」。うっすらとはイメージしていた「情報分野の仕事に就く」ということを、この段階で自分の身に起こることとして明確にイメージすることができなかった、ということと、あとは単純な「就職への怖さ」もあったことから決めた、進学でした。・・・と書くと、ちょっと聞こえが悪いですかね?苦笑



ただまぁ、そう決めてしまってからの、3回生時の講義、4回生からの研究室配属、その流れを引き継いでの院での研究。とても新鮮で刺激的で、それこそ趣味に打ち込むかのように没頭してました。


どんなところが新鮮で刺激的だったか。


それまでにもプログラミング的なことはちょこちょこ手を出していたんですが、その殆どは、「こないだネットで見たアレ、アレをちょっといじって自分仕様のものにしたいな」とか、「○○(当時ハマってたネトゲ・その1)のステータスシミュレータはあるけど、それに相当するツールは△△(当時ハマってたネトゲ・その2)にはないんだよなー。・・・よし、作るか」などといった、「おぼろげながらにでも目指すところ・お手本が用意されているような」状況での、プログラミングだったんですね。

ところがこれが研究となったらぜんぜん変わってくるわけです。
研究テーマの生まれ方というのは色んなパターンがあるかとは思うんですが、僕のときには、「この論文集に載ってるこのテーマと、ウチの○○君(研究室の先輩)の研究テーマ、組み合わせることができると思ってるんだけどね」と、教授からテーマ(アイデア)を頂くという、そんな感じでした。教授には、まぁ有る程度見通しが立っているのかもしれなかったですけど、当時の僕には「できるかどうかわからん」「できたとして、それがどんなもんになるのかわからん」状況での作成というのが、今までにはないもので。それがとても新鮮で、ワクワクしたわけです。

結局その研究は丸3年ほど取り組みまして、決して大成功とはいえないにしても(何をもって大成功といえば良いのかもありますが)、最近になってある学会誌に採択されたりもして、まぁそれなりの成果を修めることはできたのかなと思っています。そんな、「まるっきりダメ」という感じでもなかったものですから、当然ドクター・・・博士課程に進む、という選択肢も、僕の中にはなくもありませんでした。
が、そのような修士課程での研究への取り組みを通じて、僕の中で満たされた点とそうでなかった点というものを明確に意識するようにもなっていました。
その満たされなかった点、というのが、有る意味で当たり前のことかもしれませんが、「大学院でこの分野に関する研究をすることで生み出せるのは“新しい技術”であり、“便利な商品”“画期的なサービス”を生み出すことはできない。そういう場ではない」ということです(あくまで僕が所属していた組織における主観ですが)。

在学時、お酒の席で、教授に「今やってる研究テーマって、例えばああいうことやこういうサービスに応用できそうですよね!」と(半ば興奮気味に(酔ってるし))問いかけるも、教授の反応はイマイチだった・・・ということがあったのを覚えています。
学術的には前例がなく、学術的にはおもしろい。そんな技術であっても、それを“役に立つ技術”に代えてくれるのは、ある画期的なアイデアのもと作られる商品・サービスの存在。“新しい技術”を生み出す側を経験してみて、当然そのことも非常に熱中できたんですが、一方で、“実際に使われるものを生み出す側”になってみたい、という思いがあったのも事実なんです。“実際に使われるものを生み出す”ことのおもしろさ、“実際に使われる”ことのうれしさは、すでに上述のようなプログラムの配布や今までのウェブサイトの運営などで体験していたので、なおさらでした。

そんなわけで、僕はそのまま大学に残るという選択はせず、現在のようなSIerにこの身をおいているわけですが・・・。SIerに限らず、ソフトウエアディベロッパWEBサービスディベロッパ・・・というのは、だいたいが「こういったもの・サービスを市場は欲しているから・・・作ればウケると踏んでいるから、それを実現できるための道具を探そう」というものづくりの進め方なんじゃないかなと思います(憶測ですが)。


目的を達成できるための道具を探す。アイデアありきの道具探し。


ただ逆に、アイデアにつまったときには、「“新しい道具”を眺めてみる」というアプローチの仕方もありなんじゃないかと思うのです。
院生時代には、学会発表も何度か行いました。自分の発表だけではなく、他の方の発表をみて、「これができるのなら、ああいうこともできるんじゃない?」というように、研究内容そのものもさることながら、それを応用するとできるであろうことへの妄想、が楽しかったんですよね。アイデアの種の宝庫、といいますか、今まで「壁」だったものを突き破るための「道具」が、発表されている場だなぁと感じました。「あ、そういえば“それ”も“壁”だったね。でも、これを使えば壊せるんだね」と、一度に色んなことに気づかせてくれる発表も、たくさんありました。


イデアを考えるのは人間、どれだけ努力しても、どれだけ意識して忘れようとしても、知らず知らずのうちに「壁」を「壁」として認識してしまうこともあると思うのです。そのせいで、アイデアが生まれるのが阻止される。また逆に、もしかすると、せっかくアイデアが生まれても、それは実は打ち壊せない「壁」が付きまとうアイデアだった、ということもあるかもしれない。(まぁでもこの場合は「必要は発明の母」といいますし、むしろ「その壁を壊すための新しい道具」が生み出されるチャンスでもあるのかもしれないですね)

そしてそういうふうなことを考えていると・・・。現職のSIerでは、こういったことを考える機会は全くないのですが、僕個人の望みとしては、そういうことを常に考え、行動しているのが当たり前の世界に飛び込んでみたいなぁという気持ちが強いということを、改めて実感するのです。