えいのうにっき

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「夢を諦めず頑張ってくださいね」

今日、自分の職場に新入社員が配属されてきた。本社での約2ヶ月の研修を終え、どの顔も「気持ち新たに」といった感じで、見ているだけでこちらも身が引き締まる思いがした。

支社への配属時の通例として、支社社員全員の前での、PowerPointを使っての自己紹介、というものがある。といっても、一人一人に与えられた時間はものの数分、となると、その口から発せられる言葉はどうしても教科書通りになってしまう。別にそれをどうこういうつもりはないし、3年前の自分もそうだったと思うから、まずは「人のフリみて我がフリ直せ」というところに落ち着いてしまうんだろう。

「教科書通り」とは、「出身地」とか「趣味」とか、「将来の夢」だとか「先輩方へ一言」だとか、そういった雛形チックな発表の形式のことなんだけど(「先輩方へ一言」なんて、せいぜい2,3パターンぐらいしか違和感の無いフレーズが思いつかない)。それでも、数分という限られた時間を使って自分を表現しようとする人や、「とにかく失敗したくない」とばかりに持参したメモを取り出しなんとかそつなく済ませた人、または逆に、たどたどしくも自分の言葉で懸命に話をしようとする人・・・など、それぞれの「数分」に、その言葉以上の「自己紹介」を受けたような気持ちがした。

全員の自己紹介が終わり、司会役の上司が最後に発表した新人さんからマイクを受け取り、こういうふうに言った。

「はい、皆さん、ありがとうございました。夢を諦めず、頑張ってくださいね」

その言葉を受けて、その場が、失笑とも、なんともいえない笑いに包まれた。なんだここは、と、僕は思った。全く笑えない。上司は、どういうつもりで言ったんだろうか。

「夢を追い掛けたり 追い越されたり」

ちょうど今日、「夢をあきらめないということ」、という増田がブクマを集めている。書いていることも、またその文章全体が言わんとすることも、そのどちらも僕は素晴らしいことだと思うし、全くもって異論はない。ただ、僕が自分で気をつけたいなと思うこととすれば、「夢をあきらめないこと」ももちろんそうだけど、なにより、「夢をなくさないこと」かな、と思う。「夢」の、その大きさも数も、その人の自由でいいから。立派じゃなくても、たったひとつだけじゃなくてもいいから、確かに「夢を持っている」ということ。「夢をあきらめるな」、「夢を途中であきらめることは悪いことだ」、という言葉だけを突きつけられるのは、一番ツラいのは当の本人のはずなのに、それはあまりにも厳しい。

また、「夢」に関連して、最近気になっている・気に入っているフレーズに、下のようなものがある。

夢を追い掛けたり 追い越されたり
焦げ付いちまった心震わせて 空見上げたとき いつも
キミを感じていた 答えなんてきっと簡単なのに

            新しい季節へキミと − エレファントカシマシ


僕は普段、あまり歌詞を追っ掛けて音楽を聴くことはないんだけれども、それでも、「追い掛ける」ことはあっても「追い越される」なんていう表現を「夢」についてされていることがひどく新鮮で、たった1回の試聴だったけれど、この歌詞だけは強く頭に残った。

「夢をあきらめないこと」はもちろんだが、「夢をなくさないこと」。かつて「夢」を持っていて、それを達成した人でも、それは言えると思う。達成したから、もう自分にとっての「夢」はなくなった、ではなくって。そういう幸せな人には、ぜひ「夢に追い越される」人であって欲しい。


話は戻って。この上司が「どっちのタイプ」であるか、は、僕にはわからないし知ろうと思ってもなかなか伺い知ることのできない領域だと思う。ただこの上司が、先ほどの結びの言葉を「笑わせよう」と思って発言しているのであれば、それはすごく悲しいことだな、と。また、そういう意図で発言したとは限らないのに、笑いに包まれたこの職場。この笑いを、新入社員たちはどのように受け止めたんだろうか。


上司の思いは伺い知ることはできないけれど、同じように他人から見たときのこの僕は、一体どのように見えているんだろうか。