えいのうにっき

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「授業料」のはなし

僕が子供の頃、親から「高い授業料になっちゃったけど、いい勉強になっただろ」と諭されることが何度かありました。今振り返って思えば、このような寛大な心(実際心中ではあきれ返ってたかもしれないけど・・・)で僕の試行錯誤を見守ってくれていた両親には、感謝してもしきれないなと思う今日この頃です。こっぴどく怒られるよりも何倍も身に染みる、とても大きな社会勉強になっているなぁと思っています。

今思い出せるだけでも何回あったかなぁ・・・。





現在のようにインターネットが普及する前、僕が中学2年生ぐらいのころ。「パソコン通信」(PC-VAN)と呼ばれるものにハマってしまった僕が、とんでもない通話料を請求されてしまったことがありました。その額、なんと9万円。両親はひっくり返り、僕ももう、どうしたらいいのかわからなくなってしまいました。
そんな僕に、父は「パソコン通信は電話回線を使ってやるもんなんだ」というところから話を始め、「一分いくらだから〜」「深夜は通話料は安いけど、それよりも前は高いから〜」「昼間はガマンして、テレホーダイというサービスが適応される時間に〜」と、ひとつひとつ丁寧に諭してくれました。それこそ、中学生の僕にもわかりやすく。そして、最初の一行目の言葉を言ってくれました。
このことを心に深く刻みこんだ僕は、この通話料の失敗はこの後一度しか(おいっ)しておりません。。

あと、パソコンがなんたるかをわかってきて調子に乗っていた時期にも、失敗したことがありました。これは中学3年生頃かな?
いち早く(?)「CD-R」というものに興味を持ち、その外付けドライブを買ったときのこと。てきぱきと接続を終えるも、ウンともスンとも言わず。なんのことはない、マシンが古すぎて対応していなかったのです。
このときも父は(といっても、この時点でパソコンの知識は僕の方があったのですが)、「どんなものでも必ず買う前にしっかりと下調べをすること」「パソコンは進歩が早いから、すぐに飛びつくことは控えること」などを、丁寧に教えてくれました。今思えば当たり前のことじゃないか、といえばそうなのですが、世間知らずの僕にはとても大きな「失敗」でした。

これらの経験は現在の僕の行動指針の大多数を占めているように思います。そのおかげで回避できた失敗や収めた成功もいくつかあるような気がします。それを思えば、両親は本当に「意味のある授業料」を払ってくれたなぁ、と、ありがたく思います。

「失敗」も「ひとつの勉強」として捉えられているからこそ出る、「高い授業料だったけど・・・」という言葉は、自分が親になったときにも大事にしたいものです。